納品事例

2012.07.10 車いすシート制作

この仕事させていただく事になったいきさつから説明いたします。
それは車いす生活の奥様を支えていたご主人からの依頼でした。残念ながらそのご主人は、私と出会う前に奥様を病で亡くされていました。ご主人は後悔のあまり一念発起、それまでの仕事を辞め介護用品を提案する会社を興され、要介護者のため、その後の人生を捧げる事にされたそうです。そんな頃にその方との出会いがあり、要介護者の心の苦しみを聞く事になりました。既に車いすもかなり進化をしており、車いすは専門的知識が多く私の出る幕ではないと思っていたのですが、彼の真実であり切実な話を聞く事で、心が動きました。
彼曰く、車いすメーカーは身体を支える「器具」としての研究はなされているが、心を支える「椅子」研究までは手が届いていない。私の仕事の姿勢をどう評価してもらえたのかは分からないのですが、私と組んで物作りをすれば障害者の心の支えに届く、と言い切られ、ますます心が動いてしまいました。一度車いす生活を始めてしまうと、障害のある方にとって車いすは「椅子以上の存在」になるというのです。確かにその通りで、眠っているとき以外はほとんどの時間を同じ車いすと一緒に過ごしている事は簡単に想像がつきます。健康な人からは、人格の前に「車いすの人」という印象から交流が始まってしまう事に心が折れてしまう事があるそうなのです。図らずも健康な私はそのような事は考えた事もありませんでした。

私は車いすの専門知識を持ち合わせていない事を告げた後、椅子屋の発想で計画にとりかます。 まずは持ち込まれた市販の車いすの計測から。折りたたみ構造や座りの寸法などを細かく調べると、なるほど良く考えられています。手を加えるからには機能性に富んだ「車いす」に「良い椅子」をプラスする事により毎日の暮らしに快適な充足感、満足感をもたらすことをテーマに設計に取りかかりました。設計のポイントを下記のように設定し製作を進めました。
市販の車いすに簡単に装着できるようにする。市販の車いすの共通寸法を検証し、簡単な装着ベルトやマジックテープなどで工具を使う事なく脱着できる構造としました。長時間の着座にも座り疲れしない快適ないすであること。一見、直線的に見える着座面ですが快適性の見地からカーブ合板などを多用し、微妙なカーブや角度設定、またクッション材も固さを段階的に調整して適切に姿勢を支えられるよう、椅子本来の基本設計の元に製作しました。愛着を持って使うためデザイン性や質感にこだわった椅子であること。
私のこの椅子へのこだわりが、使う方の「本当に必要だった車いす」になるよう試作品を完成させ、彼にその願いを託しました。