代表プロフィール

Company / Profile

太田 一彦 ohta kazuhiko


現代の名工 厚生労働省認定

椅子工房 株式会社オオタ 代表取締役社長

家族の椅子 主宰

資格

  • 現代の名工(厚生労働省)
  • 一級家具技能士(国家認定)
  • 全技連マイスター(全日本技能士会連合会認定)
  • 愛知県技能検定員(愛知県職業能力開発協会任命)
  • ものづくりマイスター(厚生労働省)
  • あいちの名工(愛知県知事)
  • 技能検定委員(愛知県)

公職

  • 中部椅子張同業組合  理事長
  • 全日本椅子張同業組合会  常任理事
  • 中部椅子張技能士会  会長
  • 愛知県家具工業技能士会  会長

加入団体

  • 中部椅子張同業組合(理事長職)
  • 全日本椅子張同業組合連合会(常任理事職)
  • 中部椅子張技能士会(会長職)
  • 愛知県家具工業技能士会(会長職)
  • 全技連マイスター会あいち(正会員)
  • 日本インテリアデザインナー協会(正会員)
  • 北欧建築デザイン協会(正会員)

circumstance職人になったいきさつ

名古屋市内で椅子張り職を家業とする両親の元、1962年に生まれました。
物心ついた頃、私の遊び場は椅子の材料置き場でした。当時は椅子の材料といえば自然素材が基本で、 とりわけ稲藁(いなわら)が万能な材料として山のように積んであり、アルプスの少女ハイジが干し草の上でふわふわ!っと遊ぶのと同じような状況の中、遊び相手は住み込みで働く兄ちゃん達、仕事に明け暮れ働く両親の背中を見て育ちました。
大学を卒業し店舗設計の会社で働くこと4年、平成元年遂に父親のもと椅子張り職人の世界に入門することになりました。 椅子の世界は深い歴史や蘊蓄(うんちく)、デザインや人間工学など興味深いことばかりと考え期待していた私には、そこは全く想定外のカルチャーショックでした。 「そこは技術だけがものを言う、完全な職人の世界」。幼い頃遊び相手だった職人達は急に変貌し鬼のような上役になっていました。地方から出てきて、給料代わりに住み込みで技術を教わっていた職人達は口も聞いてくれないし、仕事も教えてくれない。長い間、毎日掃除と下仕事しかあてがってもらえないような、恐ろしい徒弟的な社会でした。 職人が帰ってから椅子を分解しては中を調べ、朝、職人達が集まる前にはきちんと元に戻して・・・おかげで必死で仕事を覚え、何とか一人で椅子が仕上げられるようになりました。7年が経ち椅子の世界になじんできた頃、転機が訪れました。

encounterデザインと出会う

ようやく自分で完成させた仕事が製品として扱われるようになった頃、1996年、椅子の作品展をデザイン業界の若手有志が企画しました。
友人に誘われ私もこの作品展に参加することとなったのですが、これまで上役が怖くて自分の作品を作るなんて事は考えたこともなく、まして作品に名前を付けるように、と言われて多分に驚きました。その時初めて自分で作った椅子作品に「家族の椅子」と名付けたのが全ての始まりでした。
初めての作品展は、今までとは全く違う世界に入ったような味わったことのない経験となりました。その後、積極的に多くの方々と出会い、ものを見、海外へも出掛け、新たな恩師とも出会い、数々の衝撃や感動を経験することになるのですが、このころから自分の職業に対する考え方に少しずつ変化が起こり、製造業として「頼まれたものをひたすら作る仕事」から職人としての技能や知恵、五感や感情を総動員して「財産を作る仕事」をしようと思いました。そんなことを思うようになると、前に進むことが難儀になってしまうほど多くの「こだわり」を持つことになってしまうのですが、現代を生きる職人としてそれこそが正しいと信じているところです。

brandブランドを立ち上げて...

2004年、自分の仕事、考え方で社会との関係を作りたくてオリジナル家具「家族の椅子」の展開を開始。そして2005年、工房3階に住んでいた自宅を改装し、ついにショールームを開設するに至りました。
時を同じくして、愛知万博の愛知県館に天皇、皇后両陛下をお迎えするVIPルームが作られ、その玉座の製作に、職人として指名される栄誉に授かりました。約半年間の時間をかけ、設計から製作、納入までの仕事を無事に行うことが出来たことは、もの作りに責任とこだわりを持つための私の貴重な経験となりました。

ものづくりはまず貴重な資源を刻むところから始まります。この資源を刻むという行為には、プロとして重大な責任を負うことだと思っています。毎日貴重な資源に刃物を入れる私の仕事、材料に刃物を入れる前には色々なことを考え整理してから臨んでいます。この行為を生業としている以上、私の手によって刻まれた資源が、形を変えて永く時代に残り愛されて欲しいと願っています。そのために多くの経験から蓄えてきた智恵や技能、さらに五感や感情を総動員して素材に向き合い、貴重な資源を次の人の財産に加工することが職人としての私の使命だと思っています。

chronology年表

1962年名古屋市に生まれる。家業(椅子張り職)の、いわゆる門前の小僧として生まれ、両親や職人達の働く背中を見て育つ。
1985年日本大学工学部建築学科卒
商業施設設計施工の会社に入社
1988年株式会社オオタに入社。入社後すぐに分かったことだが、職人社会への「入門」であった。
1993年建築家団体の誘いで、ニューヨークに建築とデザインの視察研修。
1996年初の作品展に出品 自身の作品に「家族の椅子」と名付ける。
1997年2度目の作品展に出品 自身の作品に「家族の椅子2 主の座」と名付ける
1998年国会資格 一級家具技能士を取得。
2000年日本インテリア学会の誘いで、ポーランドの建築とインテリアの視察研修。
2003年デンマーク大使館主催のデンマーク家具研修に参加。
ここで恩師、島崎信先生と出会いぞっこんのうちに島崎イズムに入門。
2004年、2005年とデンマークに研修、家具についての享受をいただき、
島崎信先生企画のコペンハーゲンでの展覧会において出品者の作品制作に携わる。
2004年オリジナルデザインの家具「家族の椅子」の展開開始。
2005年 ショールーム「家族の椅子」開設。
この頃からショールームを通じ自分の考えを積極的に伝え始め、雑誌、新聞、テレビなどの取材が多くなる。
2007年名古屋モード学園インテリア学科の講師に就任。造形デザイン専科を担当。
名古屋デザイナーズウィーク2007に参加。当ショールームでレセプションパーティーを開催。
経済産業省主催のコンペに入賞。東京ビッグサイトにて展覧会をする。
2008年展覧会「木工家30人展」出展。
初の講演会講師 演題「子育て世代の家作り~家族の暮らしと家具~」
2009年香港の地元新聞に「家族の椅子」の記事が掲載され、香港のお客様から注文を頂く。
2011年椅子職としては西日本第1号で全国技能士会連合会による全技連マイスターに認定される。
中部デザイン団体連絡会(CCDO)デザインアワード受賞
2012年国際デザインセンター20周年記念イベント「プロフェッショナル展」に家族の椅子が選定される。
2013年愛知県職業能力開発協会から技能検定委員の辞令を交付される。
2014年中部椅子張同業組合の理事長に就任
全日本椅子張同業組合連合会の常任理事に就任
2015年愛知県知事より愛知県優秀技能者(愛知の名工)として表彰していただきました。
2016年公益社団法人愛知県技能士会連合会会長として表彰していただきました。
2023年厚生労働省より卓越した技能者「現代の名工」として表彰いただきました。